難病なう〜不治の病と共に生きる

【深夜のゆで卵づくり】

〔妻の変化に気づく〕

なぜか仕込は深夜に

リハビリクッキングというもの,われながら良く考えたと思っている。リハビリにクッキングを取り入れることができるのは,

などの理由による。

調理は日常生活の中で行われるので,日中が多い。しかし食材の下ごしらえや準備などの“仕込”は深夜に行うことが多い。
これはなぜなのかよく分からないが,多分

のようなことが理由なのだろう。

ゆで卵は難しい

先日,例によって深夜に仕込をしていた。今回はゆで卵づくり。半熟ゆで卵を作り調味液に漬け込むことで,翌日からの食事に使おうと思ったのだ。
所謂“ラーメン屋の味付け煮玉子トッピング”に使うような感じの具材づくりなのだが,これがなかなかに難しい。

私の指先は神経が障害されている。足もそうだが,手指も自由がききにくい。だから茹で上がった卵を殻をむくのに苦労するのだ。
自分が健常者の頃には,まったく想像もしなかった世界。ゆで卵の殻剥きなんて,調理といえるものでもない,そんな風にしか思っていなかったけれど,現在は違うのだ。

結局ゆで卵7個を剥き終わるのに1時間近くかかった。しかも上手に剥けず,殻の方に白身の一部がくっついてしまっている。
私はこうなった際に,アクションを起こしてしまう。上手にできなかったことに対して叫んだり,悪態をついたりしてしまうのだ。深夜,家族が寝静まった時間帯だから,気持ちが緩んでそういう行動を起こしてしまうのかもしれない。

しかしこの日は状況が違った。

毎日使う〈ざる&ボウル〉は,柳宗理デザインの逸品

心の成長

私は上手に剥くことのできなかったゆで卵を見つめながら,
「あ〜あ,やっぱりこうなる。でもしょうがないやね,ここから始めるしかないんだから」
と呟いたのだ。

呟いた直後,私はあることに気付いてはっとした。

私は叫ぶでなく,悪態をつくでもなく,ただ事実を見つめ,前向きな発言をしていた。これは成長だ。心が成長したのだ。

嬉しくなった私は,さらにもう一つ,すごい変化が起きていることに気付かされた。

妻の変化

それは,妻についてのことだ。今まで私が癇癪を起こした時などは,妻がすぐに駆け寄ってくれた。私が起こした粗相の後始末を,無言で(或いは他愛もない世間話をしながら)つけながら,私に対しては
「だいじょうぶ,だいじょうぶ」「しゃあない,しゃあない」
など,前向きな呼びかけをし続けてくれていたのだ。

しかし今回,妻は起きてこなかった。従来であれば,深夜であっても私のヒステリーを静めるべく駆けつける妻の姿が,今夜は見られなかったのだ。

私は妻が落ち着いて眠ることができるほどまでに改善してきたのだ。そして心の平安を保つことができたことを,寝ている妻は自然に察知してくれたのだ。

これを作るのに1時間を要した

これからが楽しみ

今まで私は,行動の結果から《できなくなったこと》を見つけては嘆いていた。しかしそれは別の側面から見ることができることを,今夜の出来事は教えてくれた。

すなわち,できない事だらけになってしまったのだから,これからはそれができるようになる喜びをカウントできるということだ。前向きに生きるという言葉の意味をまた一つ知った深夜の出来事だった。